月別アーカイブ: 2019年10月

地区清掃

今年最後の出払い、つまり団地内の清掃が終わった。
天気予報では晴れマークが出ていたが、辺りはすっぽりガスの中だった。
ご近所さんと、「もしかすると雲の中にいるのかも」なんて話しながら作業開始。
実はこういう何気ない会話が楽しい。

若い頃は地区の奉仕活動が鬱陶しかった。
毎日がとにかく忙しくて、休日くらいはゆっくりしたいと思っていた。
それが一人暮らしになって寂しさもあるのか、出払いに出るのが苦にならなくなった。
出払いに出ることで知った顔に会えるし、そのことに自分の居場所を感じることができて安心する。自分が一番求めているものは安心感なんだとしみじみ思う。

 

追記
昨日書いた「超絶欲しいもの」
どうしようどうしよう!
本当に悩む(; ・`д・´)

超絶欲しいもの!

私は割と無欲な方ですが、数年に一度物凄く欲しいものが現れる。
今がまさにその状態で、かなり悩んでいる。

しかし、昨年転職後収入が半減した結果諸経費を除くと全く残らないどころか赤字になる生活費の中で、贅沢は最大の敵である。
でも、欲しい!

私の食費6か月分に相当するそれは、多分6年位は楽しませてくれるでしょう。
どうしようどうしよう!!
・・・と葛藤する今日この頃。

命日に寄せて

今年の父の命日には、小さい缶の生ビールと大福二個とトルコ桔梗を添えた。
年によっては缶チューハイだったり日本酒だったりいろいろ。
基本は父の大好物を添えるのだけれど、自分の好物も考慮する。

昨年は命日をうっかり忘れていて、翌日思い出したときは「うわ!」と真っ青!
空に向かって懺悔した。
先日実家へ行ったときにお墓参りをしてきたので、今年の命日は実家がある西に向かって合掌した。

お仏壇はないので神棚の横にお花を添えて、神様に「ちょっと失礼致します。」とご挨拶するのも毎年のこと。
ちなみに我が家には父の写真は飾っていない。
理由は、見ると悲しくなるから。

数年前に自分の人生で大変悲しいことが起きた時、ショックでなかなか立ち直れず生きる気力を失くした時があった。そんな日々にいつも浮かんだのが、天から見下ろしている父の心配そうな顔だった。
「親に心配かけてはいけない」という自分が作り上げている幻想なのだが、その姿が結構堪えた。
そんなことが数年続いただろうか。
「自業自得、身から出た錆、父に心配かけてはいけない。」
そう思いながら毎日を過ごすうちに、ある時父の心配そうな顔が浮かばなくなっていたことに気がついた。
浮かぶのは、あの世に勢ぞろいしている仲間たちと楽しそうに飲んでいる姿。
実に楽しそうで、私のことなど全く気にしていない姿だった。
もしかすると、自分はようやく闇を抜け出せたのかな。
たまにどうしようもなく辛くなるけれど、もう父の悲しそうな心配そうな顔を思い浮かべることがなくなった。

いつか写真を出せる日が来た時、「遅いぞ」と文句を言われるかもしれない。
写真を出せずにあの世で再開した時に文句言われるかもしれないね。
それもまた楽しみだなと思う。